ローカル

こだわりの醸成が、
未来を見せてくれた。

農業生産法人ひるぜんワイン有限会社

代表取締役 植木 啓司

THEME「地方」

 鳥取県との県境に位置する蒜山高原、人口2500人ほどの川上地区。そこには、自生するヤマブドウを特産品にしようとワインづくりに励んで来た歴史があり、こだわりを形にするために革新を起こしてきた人たちがいる。ひるぜんワインの代表で農学博士の資格を持つ植木には「我々は3セクであり、地域のために何ができるかを考えてきたし、ヤマブドウに真摯に向き合ってきた」と、自負がある。

 今や年間1億2千万弱を売り上げる同社だが、ワインづくりの歴史は1978年から始まった。標高500〜700mのこの土地は秋になるとヤマブドウが自生し、「健康に良い」と昔から重宝してきたという。これを新たな特産品にしようとワイン計画がスタートし、81年に1haの村営試作圃場を設置。「山から枝を千本取ってきて始めたけど、自然に生えていたものだから放っておけばなるだろうと思っていた」と植木。その安易な考えは、真っ向から否定されることになる。

 いざ生産を始めると様々な問題が起こった。まず雌雄異株のために開花期の天候によって結実が大きく左右され、生産が不安定だったこと。そして、開花期の霜だ。「4月の終わりから柔らかい芽が出てくるが、このあたりは5月初旬でも遅霜がある。一晩で全滅したこともあった」と苦い経験もある。農家総出で一晩中、畑の小屋に泊まりながら火をたくなどして対策してきた。

 「ワインづくりは難しいもので知識がいるのかと思っていたが、そんなことはない。気力と体力があれば作れる」と植木。「赤ワインなんかは朝晩混ぜる作業があってとても大変。でも手を抜くとどこかに表れる。やっぱり人の手で混ぜると味に厚みが出る」と、作り手の顔になった。だが一方で、自らが作るワインのことをどこまで知っているのかという疑念が晴れず、岡山大学大学院でヤマブドウを研究。通常の仕事をしながら論文と戦った3年半の辛さを、思い出したくないけど、と笑って教えてくれた。 

 その努力が実を結ぶ。2006年、「むらおこし特産品コンテスト」で経済産業大臣賞を受賞した。「値段が高くてまずいと思われていたのが、あれで風向きが変わった」という。それからは受賞ラッシュ。15年にはアジアで一番大きな「ジャパンワインチャレンジ」で、ロゼが金賞に輝いた。「ヤマブドウでは絶対にいいワインができないというワイン業界の常識の中で、とても嬉しかった」と植木。この地方の気候のおかげもあるという。「ヤマブドウの多くは東北が産地。でもここ(蒜山)はそこより気温が高くて、日射量が多い。それが甘さに繋がる」。

 道の駅などで販売していたが、製造と販売ができる現在の「新ひるぜんワイナリー」を2010年にオープン。ワインへのこだわりは、設備への投資にもつながった。「市所有の建物になるが、基本設計や設備に関してはうちが払いますからと自社でもった。内装もデザイナー家具を入れたりした」。リスクも負ったが、試飲コーナーを設けて販売につなげるなど、売り上げは開館前の2倍に増えたという。
 
 まさに地域を生かし、育んできたワインづくりだ。「3セクの会社がここまで借り入れしていいのかと思ったが、自分たちの作るものにはこだわりを出したかった」。植木に迷いはなかった。そのこだわりが、未来を可視化していく。

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