ベンチャー

背伸びせずに暮らし、
働くことを大事にしてます。

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まるいおやつとパン 出雲井 暁子

THEME「流儀」

 山あいのひっそりとした住宅地にパン屋があるのだろうかと、家や田畑を横目に狭い道を車で走っていると行列が目に飛び込んできた。木曜日のいつもの光景だ。午前11時に開店したかと思えば1時間できれいに棚が空いてしまうほどで、遠くから噂を聞きつけてくるパン好きから、トラクターで立ち寄る農家さんまで客層もさまざま。みんなが出雲井さんの丸いパンを買いにやってくる。

 パン作りはwebデザイナーとして働いた東京時代から趣味で始め、今はこうして店を持つまでになったが、出雲井さんにとってはそれが全てではないと言う。

「仕事も大事だけど、暮らしも私にとっては大きいです。そもそも家の横にあった車庫をパン屋に改装して起業したのも、ここなら子どもたちのそばにいてあげる時間が増えると思ったからで、大きくなるまでなるべく一緒にいたいと思っています」

 毎日のご飯作りに家事、それに子どもの習い事の送迎と日々やることは多い。仕事をしながらでも家族との時間をしっかりと確保できるように、営業は週に一回(木曜)と月に一度ある満月の日。あとは地元商店で火曜日に販売するのみだという。パン屋であると共に妻であり、二人の男の子の母であることを、出雲井さんは大事にしている。

「子育てはなるべく地元に近いところがいい、と話していたんです。主人も岡山の出身だったので、地元に帰ろうかというよりも近づこうかという感覚でした。私はwebの仕事をしていたのでリモートでもやれるし、場所はどこでもよかったんですが、主人の仕事が真庭市で見つかったので帰ることになりました」

 人気店になったことも「とにかく運が良かっただけ」と捉えているのも、決して背伸びをしない彼女らしいところ。たまたま出会ったという140平米の土地に憧れの平家を建て、趣味だったパン作りに熱中すると、声をかけられてカフェでパンを焼くことに。出産や子育てをしながらやりたいこともやれていたが、2年前に独立しようと決めた。

 「40歳になる直前で、人生で何かに挑戦してみるには実はそんなに時間がないかもしれないと思ったのがきっかけ。子どもに何かになってほしいとかじゃないけど、お母さんがパン屋になるってなかなか子どもにさせてあげられる経験ではないし、子どもたちが自分で何かをやろうとするときにハードルが下がるかもしれないと思ったんです」
 小学5年生になる長男は学校で宣伝してくれるんですよ、と嬉しそう。
「年齢を重ねていけば、いつまでも今の生活はできないかもしれません(笑)。毎日お店を開けることにも憧れはあって、子どもの手が離れたらたい焼き屋さんとかおやつ屋さんもいいな。生活のスタイルや自分が変われば、それに合わせて変化していくかもしれません」
と、柔軟に考えているが、今はパン屋としてのこだわりもある。営業日前日は午後10時から2時間だけ寝た後、10時間も焼き続けると聞いて目を丸くした。冗談にならないほどの体力勝負だが、単純にパン作りが好きな気持ちと、お客さんの喜ぶ顔が背中を押してくれるのだという。

「もともと一人で手を動かしているのが好きで楽しいし、お客さんが来てくれるのが嬉しくてしょうがないんです。お店を開いて2年になりますが、今も毎日ドキドキして、今日こそ誰も来てくれないかもしれないなぁと不安になります。こうしていつも来ていただけることが本当にラッキーなんです」

また、運が良かったと感謝する。そんな謙虚な出雲井さんは、「とにかく丁寧に」と自分に言い聞かすそう。そんな彼女の姿勢に、真庭の環境は応えてくれる。自然環境のおかげで酵母は元気に育ち、野菜や果物など地域で取れる旬の味もパンを一層引き立ててくれる。今は真庭市の美甘地区で取れる古代米を使ったパンと焼き菓子にチャレンジしているそうで、これも何気ない会話から生まれたご縁だという。

 「作ったパンをたくさん食べてもらいたい気持ちはありますが、どんどん繁盛させて大きくしたいというよりは、身近な人に喜んでもらえる、そんなパン屋でありたいです」

 暮らしを大切にしたいという軸と、その上で、手の届く範囲で丁寧にパンを届けること。丸いパンには、そんな出雲井さんらしさが詰まっている。

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