ローカル

これまでも、
これからも、
自然と共に生きる。

昭和化学工業

岡山工場工場長 山本康義

THEME「自然共生」

 「え、ここですか?」木々は生い茂り、真ん中には雨水や湧水が溜まった大きな池がある。そこにはまるで古代の蒜山を想像させるような景色が広がっていた。

 昭和化学工業の岡山工場長を務める山本康義さんに連れられて訪れたこの場所で珪藻土を掘っていたとは信じがたかった。「私たちも本当に驚きました。通常、平地を掘り下げて採掘する場所では、採石法に基づいて埋め戻していくのですが、数年間、その期間を空けていたらだんだんと緑が増えてきて。これは、そのまま残した方が自然にとっていいのではないかと思ったんです」
 この地で1930年代から珪藻土の事業をしてきた同社にとって、大きな驚きと、新しい可能性になっているという。真庭市の中でも豊かな自然を誇る蒜山。
約100万年前には、大山火山の噴火によって形成された「古蒜山原湖」と呼ばれる湖があり、そこに生息していた植物性プランクトンのケイソウが化石となって堆積。100メートルにも及ぶ珪藻土の地層が形成された。

 「蒜山は、非常にユニークで、高品質な珪藻土が採れます。ステファノディスカスという種類で、単体で100ミクロンの大きさがあり、ケイソウとしては非常に大きくなる。秋田や大分で採れるものは30ミクロンくらいにしかなりません。だから、他のところはナトリウムを入れて粒子をくっつけて大きくしますが、蒜山ではそれが必要ないんですね」
 
 珪藻土というと、私たちの暮らしの中に身近になってきたのは住宅用の建材などでここ最近かもしれないが、1930〜40年代には軍事産業として、高度経済成長期になるとビール製造などのろ過助剤として使用されるなど、さまざまな使われ方が広がっていった。昭和化学工業は珪藻土とパーライトの採掘をしていて、全国に6か所の工場があり、岡山工場では珪藻土を採掘している。

 「現在3カ所の鉱区(採掘地)を持ち、一つあたり14ヘクタールの広さがあります。一つが現在主に採掘している鉱区で、そのほか、一つは昭和50年代に主に採掘していたもので現在は鉱区内の一部を埋め立てるため公共工事で出た土を受け入れています。もう一つも今は主に採掘はしていない鉱区で、そこに自然環境が戻ってきたんです」
 これまで採掘をしてきたそれ以外の鉱区は、地元の行政と連携し、埋め戻してスポーツ施設にするなど地域に還元できる方法を一緒に考えてきた。そのように従来なら埋め戻して原状回復をするはずが、時間の経過でたまたま独自の自然再生が進んだという。

 「肥沃な土だと植物はすぐに生えてくるかもしれませんが、珪藻土の採掘に伴い、肥沃な黒ぼく土はとってしまっている。貧栄養化した状態の土地で、ゆっくりゆっくり植物が生え、珍しい生物が生息し始めた。それは昔の蒜山の成り立ちに似ているかもしれません。そういう経過を観察できる場所にもなり得ると思っています」
 自然再生の様子を見て、地元の自然再生協議会にも相談。環境調査なども実施し、この鉱区の管理方法も一緒に考えてきた。今年6月には、環境省が法制化を進めている「自然共生サイト」にも申請した。

 「私たちは資源産業。いかに自然環境のことを考えながら自分たちの仕事をサステナブルなものにできるかは永遠の課題です。この鉱区が、その一つの提案になるかもしれない」昭和化学工業にとって、自然との共存は切っても切り離せない。資源として恩恵を受ける分、自然にできるだけ負荷をかけないようなやり方も模索し続けてきた。例えば、珪藻土を乾燥させる際に大量の熱エネルギーを使うこともあり、真庭市が進めてきた木質バイオマスの熱供給プラントを工場敷地内に建て、地元から出る樹皮などを熱原料として使うなど環境のことを考える取り組みもその一つだ。

 「何万年、何十万年。私たちが生きる時間よりもはるかに長い時間をかけてできたものを、一瞬で使っている。私たちにしたら、新しい場所で採掘していくしかないですが、その中で何かできることがないかという問いは常にある。今までも時代に合わせて跡地をスポーツ施設にしたり、残土を引き受けたりしてきたけど、これからはまた違う方法が必要になるかもしれません」
 人は、その土地が持つ自然の豊かさも、厳しさも、受け入れながら共存してきた。緑に囲まれた鉱区の景色は、私たちに問いかけるように、雄大に広がっていた。