ローカル

変化することは、前に進むこと。
受け継ぐものと変わるもの。

辻本店・落酒造場

7代目蔵元 辻総一郎・5代目蔵元 落昇

THEME「変化」

 「どん底の時代でしたから、本当に」。2003年にUターンして実家に戻ったとき、世の中は焼酎ブームの真っ盛り。不遇の時代を目の当たりにしてきた辻は苦々しく当時を振り返る。「造っているもの自体は悪くないのに、美味しい日本酒を飲むシーンが若い人のライフスタイルに存在していなかった」。伝統ある酒蔵の後継として危機感は相当なものだった。

 きっかけとなったのは、蔵元になった2012年。発酵食品を扱う真庭市内の7社が協力し、新たな魅力を生み出そうと「まにわ発酵’s」を結成した。「今まであまり地元の企業や落酒造場さんとも話したことがなかったけど、日本酒とチーズを掛け合わせてみようだとかいろんなアイデアが出てきました」。これは面白い表現ができる。直感があった。

 辻は、思い切った提案を落にぶつけた。「仕込み水を交換して酒を造ってみませんか?」。酒蔵が大切にしている仕込み水を交換するのはなかなかなく、ましてや両者の味は正反対。辻本店は旭川の軟水を使ってまろやかな味わいが特徴で、落酒造場は高梁川の硬水を使って辛口のキリッとした味だ。「軟水の方が使う水量が多くなり、硬水の方が微生物の動きが活発になる。水を変えるのは未知の世界。通常ではあり得ないけど、仕込みの時に出向いて技術や知識を教えあいました」。新しい御前酒(辻本店)と大正の鶴(落酒造場)の味が生まれた。

「親の世代はそんなことは絶対にしなかった。でも、変わらないといけなかった」。覚悟を決めると、進むべき道も見えた。日本一古い原生種である岡山ブランド・雄町米をもっと活かそうと、2019年に全量を雄町米で造ると宣言。製法も、最も古くから伝わる菩提元造りに挑戦し、今では6割が菩提元造りの酒になった。

「どうせならとことん好きなことをやろう、と。その場所でしかないものとか、失われていた造り方とか、そこに答えがあるんじゃないかと。本物を求めつつ、ライフスタイルに取り入れてもらうためにファッション誌にプレスリリースもした。少しずつですが、風が変わってきた気がしています」

 218年。1804年の創業から辻本店がつないできた年月だ。その伝統を重んじながら変化を厭わない。7代目蔵元は、まっすぐ前を見つめる。
(辻本店 辻総一郎)

御前酒辻本店 webサイト


 「最初は驚きましたが、違う水で造ったらどんな味になるんだろうと興味がありました」。柔和な表情の5代目が宿すのは、蔵元として酒造りへのあくなき探究心。仕込み水を変えるという辻の提案を受け入れた。コロナ禍での飲食店から客足が遠のけば、当然日本酒も売れない。厳しい現状を少しでも変えたいという思いも当然あった。

 「辻さんとの交流は大きなきっかけでした。自分のところの水と他社の水の違いや、それによってできる酒の違いがわかった。できたお酒の味もいつもと違い、常連さんからはいつもの味がいいと言われることも。それもうちの味を愛してくださっていることを再認識できました」
 蔵元を継いで3年。以前は横浜市のデパートの日本酒売り場で働き、業界の流れを見てきた。そこで売れるのは生産地域の個性が出やすい純米酒だった。「うちはそれまで9:1くらいの割合で普通酒がメインでしたが、純米酒を増やそうと思いました。やはりここの地酒らしさを表現したいですから」。落の挑戦が始まった。

 「そんなに有名じゃないけど、実はお米どころなんです」。岡山県が誇るお米の一つである朝日米で酒造りを始めた。田植えや稲刈り、季節ごとに生産者のもとへ出向いてその年の米質を聞き、コミュニケーションを増やした。「すごく大切なお米を作ってくださるからお酒が造れている」と感謝を忘れない。

 製法も江戸時代に行われていた生酛造りを復活させた。自分で調べたり、冬場には他の蔵元を訪ねて勉強させてもらったりと試行錯誤の挑戦だったが、人工ではなく自然の乳酸を使う造り方でコクがあるけどすっきりした味に。1年寝かせて出荷すると、あっという間に完売。「手間もかかるが、水が強くないとできないやり方でうちに合うと思った。おそらく創業時はこの造り方だったはず」と手応えを感じた。4年前からは兵庫県からお酒が好きという30代男性が働き始め、ともに挑戦を続けているという。

 「備中杜氏と言って岡山県内に300はあった蔵は今や30を切っている。昔はそれぞれの地域に酒蔵があった。13軒あった真庭もうちと辻さんだけ。本当に厳しい時代の変化を受けている。親にも継がなくていいと言われたけど、小さな頃から手伝っていたから。何もせずに辞めたら後悔すると思ったんです」

 北房の酒文化を造ってきた。その誇りと意地だ。この地域だからできる、愛される味をこれからも一生懸命に造る。
(落酒造場 落昇)

落酒造 webサイト